出来事

バス 修学旅行⑤

飯盛山。

白虎隊の悲劇があった場所

目線の先には鶴ヶ城が

まだ16歳から17歳位の白虎隊は、戸ノ口原の戦いから飯盛山へ戻り、実際は、城下町が燃えていたのに、鶴ヶ城が燃えていると見間違いをしました。ここで、議論が始まります。

篠田儀三郎が、
「策の講ずべきなし、城に入るは不可能ではないが、誤って敵に捕まり、 捕虜となったら、上は君に対し面目あるや。下は祖先に対し何の申し訳やある。潔くここに 自刃し、武士の本分を明にする」として、議論定まり、一同鶴ヶ城を見て、自刃となる。

唯一1人生き残った、飯沼貞吉は、白虎隊の様子を後世に伝えて、白虎隊の悲劇が伝わったとされています。